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中学生のころお世話になった塾の恩師と連絡がとれ感激しています(^^♪

中学生のころお世話になった塾の恩師と連絡がとれ感激しています(^^♪

中学生のころに行っていた塾の数学の先生と
ひょんなことから連絡を取り合うことができ、
今度お会いできることになり、感激しているところです!

今でもありありと覚えている塾の思い出・・・。
大阪市住之江区に昔あった「植総塾」という塾・・・。
看板がやたら大きいのと白いのっぺりした建物で
あまり学習塾という感じではありませんでした。
そこの先生は怖いと評判で、なんだか不気味なイメージでした。

中学校に入り成績が急降下してきた私の2学期末テストの成績を見て、
めったに勉強しろなどと言わない母がついに口を開きました。

母「・・・塾、行く?(こんな成績、あかんやろ)」
私「う、うん・・・(やっぱり言われると思った)」

というわけで、中学1年生の3学期から
自宅から一番近いこの「植総塾」に行くことになりました。

忘れもしない、行って初日、帰宅が夜の9時を過ぎたので、
事務の女性に「家に電話して今から帰ると報告するように」と言われ、
自宅に電話したら、受話器を置いた直後、塾長先生に呼びつけられました。

「お世話になっているお母さんに今の話し方はなんや!」
「この塾に来させてもらうことになったのも両親のおかげなのに感謝の気持ちがない」
「お母さんに対する言葉と態度がなってない」
「うちは電話かけさせるのに10円も払うのに、かける前に『電話お借りします』ぐらい言え!」

おそらく10分ぐらい、怒鳴られていたと思います。
私はそれまで親にも頭から叱りつけられた経験がなく、他人からも怒られたこともありませんでした。
大柄でコワモテな塾長先生が、怒りに震える鬼の形相になり、自分は小さくなり情けない気持ちと。こっぴどく叱りつけられる恐怖感。

今から思えば、怒られるのは当然でした。
普段から私は母に対して友達感覚で接しており、親に対する敬意がなかったのだと思います。
それをそのまま電話口で話したのが塾長に伝わり、強い違和感を感じられたのだと思います。

初日なのでまだ塾に友達もいなく、泣きながら一人で帰りましたが、
泣き顔を見せて母に心配をかけるのが嫌だったので、
涙がひくまで夜道をぐるぐる遠回りして帰ったのを覚えています。


授業もまた予想以上のとんでもないスパルタ塾で、
学校の授業の2か月分ぐらい先をいっていました。

塾オリジナルの月例テストが月一度ずつあり、
成績上位の者から毎回容赦なくクラス分け。
クラスにより授業内容が大きく違いました。

トップのクラスはキャリアバリバリの先生、下のクラスはアルバイトの若い先生がいたりと、、
中学生からみてもわかりやすい区別の仕方でした(苦笑)

「(恐怖の)サマースクール」というのがあり、
ハチ高原の山小屋に小6と中三の受験生全員が先生たちと泊まり込み。
4泊5日程度、とにかく早朝から夜中までずっと勉強!
朝は6時に起床、ラジオ体操もしっかり手足を動かさないと怒鳴られる、叩かれる。

与えられた問題がすべて解けるまで眠らせてもらえず、なぜかずっと正座。
私は平均睡眠時間は3時間程度でした。
合宿からかえってひと夏、足をそらすことができず、ずっとひきずっていました。
(下垂足? 正座による腓骨神経麻痺? 今だったら大問題でしょう・・・)

先生たちは優秀でしたが、それぞれひいきの生徒がおり、
学校とは全く違う雰囲気でした。

キャラの濃い塾でしたが、なぜか私に合っていたようで、
成績は上がり、志望していた公立高校に無事合格することができました。


時は1980年代、校内暴力の嵐が吹き荒れていたころ・・・。
私の通っていた地元の公立中学校も授業が成り立たず、パトカーがよく来ており、
学校では先生たちはみんな、シンナーやたばこを吸う同級生たちを追いかけてばかりでした。

この塾に行かなければ、
学校の雰囲気に流され勉強する習慣がつかなったと思います、
もっと言えば、今の仕事に就けなかったと思います。

いきなり叱ってくださった塾長、熱血漢だった若い数学の先生、
私をひいきしてくれた英語の年配の先生、
みんなみんな厳しかったけど、今となっては感謝の気持ちでいっぱいです。
中学生の大事な時期に厳しくしてもらってよかったと・・・。

当時、塾の授業の合間で、
私たちみんなの将来の夢を一人ひとりきいたあとに
ご自分の夢を語ってくださった数学の若い先生が、
30年後の現在、会社を立ち上げ投資を専門に教育もされていることが
最近になってわかりました。

果たして私のことを覚えてくださっているかな?と
こわごわ連絡をとってみると、名前は憶えていると。
中学校のときの顔写真をメールすると、思い出したといってくださり、
近々会社に訪問してみる予定です。

お会いするのがとても楽しみです!

(耳鼻咽喉科 松本あゆみ記)
 

2015-11-26 15:06:00

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